米からできる調味料、「みりん」についてです。
10月のはじめに、愛知県碧南市にある、杉浦味淋さんを訪問しました。
碧南市は、歴史のあるみりんの産地で、この地区で作られているみりんは「三河みりん」と言われます。
現在、三河みりんを製造しておられるのは五社あり、杉浦味淋さんはそのうちの一蔵。
杉浦味淋さんの『愛櫻』というみりんの1年熟成タイプ。さらに熟成させた3年熟成タイプもあります。
7~8年前、薬膳の講習会に通っていた時に、その時の先生にご紹介いただいたのをきっかけに、長らく愛用させていただいています。
その先生は、「日本の郷土料理こそ日本人にとっての薬膳」というお考えで、日本各地を回られて、確かな食材や調味料を発掘し応援をされておられました。
日本の風土に育つ私たちは、日本の食文化をしっかりと理解し、確かな品質のものを選び使い続けることが大切、という教えに、筆者が深く感銘を受けた方でしたので、
信頼をもって使い始めてみたところ、そのままでも飲める、まろやかでしっかりとした甘みとコクに驚き、それ以後今も欠かせない調味料になっています。
筆者は、自分が使っている調味料や食材は、誰がどこでどんな風に造っておられるのか、
なるべく足を運んで自分の目で確かめることにしています。
(順番が逆になることもありますが。)
何を使って(材料)、どうやって(製法)、というのももちろん大事なのですが、「誰が」ということもとても大事だと考えています。
これまで、ほかにもいろいろな調味料の蔵や製造所を見学させていただいてきましたが、
作り手の方のこだわりや、背景、人となりは、必ず製品の顔や品質に繋がるものだなぁと感じているからです。
今回訪問させていただいた杉浦味淋の杉浦嘉信社長。
実は、喫禾了がスタートする前の今年の春、すでに一度訪問させていただいていました。
その時期はみりんの仕込みのタイミングの4月。
訪問少し前に、面識もないままお電話で、
「長く愛用させていただいている者ですが、蔵見学をさせていただくことはできませんでしょうか?」とお伝えしたところ、
「来ていただきたいのはやまやまなんですが、いま、発注がものすごいことになってまして、、、5人ほどでやっている蔵なもので、
手一杯なんですよ、すみません。。。」
と、一度お断りされました。
というのも、そのほんの1か月ほど前に、全国放送の某番組で、杉浦味淋さんの特番が放送されたそうで、
その放送中から注文が殺到し、注文数がさばききれないほどになってしまっている、ということで。
そんなこととは全く知らず、、、、
それでも、自己紹介をし、いつか落ち着かれましたらぜひ、とお伝えしたところ、
「うー――ん、、、分かりました!せっかくですからぜひ来てください!」
と、無理をおして訪問を叶えてくださいました。
伺ってみると、大量の注文対応の瓶詰や発送作業をされながら、
それにより若干スケジュールが後ろ倒しになってしまった今年の仕込みをスタートされたところ。
作業が落ち着いたわずかな時間に、蔵の様子や麹の製造を見せていただきました。
そして、社長からは、三河みりんと杉浦味淋の歴史のお話。
ほんとうにものすごくお忙しいところ伺ったので、もっとお話が聞きたかったところ。
「よかったらまた、今度は搾りの時期の秋に来てください。」と言ってくださり、
そしてこの10月に再訪を。
前回伺えなかった、社長のみりん造りにかける想いやお考えを、じっくり伺うことができました。
杉浦味淋さんの創業は大正13年(1924年)。
お祖父さまが始められたそうですが、2代目となる社長のお父さまが5歳くらいの幼いころにお亡くなりに。
以後、お婆さま、社長のお父さまと製造が引き継がれたものの、創業当初の製造方法は引き継がれないまま、大量生産型の製造をされていたのだとか。
造れば売れるという時代背景にフィットしていた時は良かったのですが、
やがて大手企業の台頭により、価格競争に陥ることになります。
そんな渦中に杉浦味淋の看板を引き継いだのが、現社長。
およそ20年前、蓋を開けてみれば、会社の内情は大変なことになっていたそうで。
ほどなく、もう立て直しもきかないのでは、、と半ば諦め、会社を縮小するために倉庫の整理をされていた時のこと。
たくさんの書類の中に、お祖父さまのオリジナルのみりんの配合レシピを見つけられました。
その時の造りからすると、圧倒的にふんだんに使われた材料と手間のかかる工程。
これこそ本当の三河みりん。本来の杉浦味淋だ、と、創業当時のみりんを復刻し、
価格ではなく、品質で勝負できるみりんを目指してこられたそうです。
このことは、TV番組の中でも紹介され、杉浦味淋さんのHPの中でも、より詳しく記述されています。
【愛櫻ストーリー】: https://www.mirinya.com/story/
社長に質問をしました。
「お祖父さまのレシピが見つかったとき、それがどんなみりんか味わったことがない中、原価や手間をこれまでになくかけてでも復刻しようと思ったのはなぜですか?」
社長のお答えは
「お祖父さんはなぜ、みりん屋を始めたのか、杉浦味淋の原点を知りたかったんですよ」
引き継いだみりん屋の経営に悩まれている中、ご自分は何を、どこを目指したらよいのか、迷われていたのでしょうか。
「その原点を知らずにみりんを作ってよいのか、それを知らないと続かないんじゃないか、自分がみりんを作るベースを持たなければ、と思ったんです」と。
復刻と一言でいっても、搾る道具や原料の手配、資金調達と、すぐに始められるわけではありません。
そして、仕込んでから搾りまでの発酵に6カ月を要し(標準的な純米本みりんの約2倍)、搾ったのちもタンクで1年以上貯蔵熟成されるので、すぐに販売ができるわけではありません。
当時やっと手に入れたという搾り機。
今回の訪問で見せていただいた搾りたてのみりん。
少し濁りがあり、香りをかぐと、つんとしたアルコール感を感じます。
これをさらに、タンクに入れて熟成することで、まろやかな味わいとなってゆきます。
それでも当時の復刻みりんの製造に踏み切られたのは、偶然にレシピに出会った天啓のようにも感じますが
他ならぬ、社長自身の「たしかなものを世に出したい」という想いだったのではないかと思います。
「どこで生きていくかは自分が決めること」
本当にそのとおりです。
販売を始めても、すぐに売れたわけではなく、定着し始めるまで約3年を要しました。
その間、一番の気づきになったのは、お客さんからふと出るコメントだったのだとか。
「〇〇〇よりも甘みがしっかりしてる」「〇〇〇より色が濃い」など。
お客さんは比較をするものなのか!ならば、どこにもない特徴は売りになる!
それは、自信を持って売り続けるためのベースになったというお話です。
単なる感想として捉えてしまいそうですが、それを気づきに変えてしまわれるところ、とても勉強になります。
「醸造とは、じっくり時間をかけて育てること」
「自然にさからったものにおいしいものはない」
ひとつひとつのお言葉は、すべてがみりん(愛櫻)の品質に繋がっています。
あと2年で、創業100周年を迎えられるそうです。
「その時を目指して、夢があるんですよ」、と。
それは、「すべてを一貫して自社製造し、オールオリジナルの杉浦味淋を造ること」だそうです。
みりんは、もち米、米麹、米焼酎を原料としますが、
米焼酎を自社で蒸留するための技術や設備をすでに準備されてらっしゃいました。
さらに想いがのった愛櫻が出来上がることかと、筆者としても楽しみです。
ちなみに筆者は日頃、自家製の万能つゆを「愛櫻」で仕込んで使っています。
仕上がりはまろみとコクがあって味にとがりがなく、それでいてすっきりとした味になるのは、みりんの役割が大きいと思います。
手をかけて作られた素材やお料理はやはり人にやさしいのです。
杉浦味淋さんの事務所に長く貼られていると見えた社訓?でしょうか。
まさに社長を表しているような、なるほど確かに、というお言葉だったのでした。